シント=トロイデンVV

近年のサッカー界で欠かせない存在となりつつある役割、アナリスト(分析担当者)。対戦相手や自チームの選手など分析する箇所は多岐にわたる。

日本ではあまり馴染みのない名前だが、ヨーロッパでは1チームに4人抱えているクラブもある。もちろん日本でも全くないわけではなく、横浜Fマリノスなどの主要クラブはアナリストがチームに在籍している。

しかし、アナリストと聞くと、「チームを分析する」というイメージはつくが、実際どのようなスケジュールでどのような業務をこなしているのかはあまり知られていない。

そこで、ALLSTARS CLUBでは、ベルギー1部リーグに所属するシント=トロイデンVV(以後、STVV)のアナリスト、大里康朗氏にインタビューをさせていただいた。

日本代表GKシュミット・ダニエル選手を含む5人の日本人選手が所属するチームの中でアナリストという役割を果たす大里氏。

現場のアナリストとは、実際どのような仕事なのだろうか。

━━━まずはご自身のキャリアを含めて自己紹介をお願いします!

元々大学まで日本でサッカーをしていたのですが、日本ではプロになれませんでした。その後ドイツに渡り、5部・6部リーグでプレーし始めます。

ドイツでは、5部・6部リーグでもぎりぎり生活できるくらいサポートしてもらえたりするのもあって、最初はそこでプレーしながら地域のクラブにある下部組織(6歳〜17歳)の指導をしたりしていました。

その後、専門的にコーチングを学んだり、指導者ライセンスを取ったりしたいと思い、プレーする傍らケルン体育大学へ通い始めました。

その大学の近くにはブンデスリーガのFCケルンが本拠を置いていたのですが、そのFCケルンの元アカデミーディレクターが作ったサッカースクールでU-19とU-8の指導者として指導にあたりました。

ケルンでは指導者をしながら大学でコーチングやゲーム分析の勉強をしていました。

その後、STVVのCEOである立石敬之さんに出会い、18-19シーズンからSTVVのスカウトとして働かせてもらうことになります。そして19-20シーズンからアナリストとしてトップチームに帯同させてもらうことになりました。

━━━大学卒業後からドイツに行かれたということは、かなり海外生活が長いのですね。

そうですね。最初プレーヤーとしてやっていたときは、言語も全く勉強しないで行ったので、話すのもゼロからでした。プレーヤーとしてはなんとかなりましたが、指導するとなると言語はある程度勉強する必要があります。

最初の2、3年はドイツ語の勉強をしながらプレーし、2年目くらいから指導も始めたという流れです。

自分が最初に想定していたよりはかなり時間がかかりました。

━━━現在はSTVVのビデオ・アナリストを務めておられますが、サッカーにおけるアナリストとはどのような仕事ですか?

名前の通り、映像やスタッツなどの統計的なデータを集めて、それを用いながら自チームや対戦相手の分析をします。

分析したものは、コーチングスタッフなどとミーティングで話し合い、最終的にはそれをチームミーティングの中で選手に伝えます。

チーム分析はコーチ陣との話し合いがメインになり、対戦相手の個人の分析や自チームの選手のフィードバックは直接選手たちに伝えることが多くなります。

また、相手チーム・選手の分析や自チーム・選手の分析のほかに、トレーニングでも映像を撮って分析したり、試合中も前半に分析してハーフタイムでスタッフと話したりします。

実は、ブンデスリーガのクラブでは、専門分野を持つ3,4人がチームとなってそれぞれ分析を行うことも多いですが、ベルギーではビッグクラブではない限り、人的にも予算的にも難しいというのが現実です。(※STVVは大里さん一人)

例えばドイツでは、攻撃の分析官がいたり、守備専門の分析官がいたり、セットプレーを分析する人がいたり、個人の部分を見る人がいたりします。また、トレーニングの分析をしている人もいます。

━━━分析はビデオがメインですか?それとも現地に行かれることもあるのですか?

ほとんどビデオですね。ただ、カップ戦などで下のリーグに所属するクラブと対戦するときは映像がないので、そういう時は現地に試合を見に行ったりします。

━━━アナリストとしての1週間の仕事はどのような流れになるのですか?

監督や試合のスケジュールによっても異なるのですが、土曜日に試合があるという日程で考えると次のようになります。

土曜日の試合に向けて、火曜日の練習時から週末の対戦相手の分析をコーチングスタッフにミーティングで伝え始めます。これは火曜日に伝えるために、前の週から準備しておく必要があります。水曜日にも同じように分析ミーティングを行います。

そして木曜日と金曜日にチームはセットプレーなどの戦術練習を行うので、映像を撮ったりして、分析やフィードバックをコーチングスタッフと行います。

試合当日の土曜日には、対戦相手の分析やこの一週間のトレーニングで起こったことなどをまとめたものをマッチプランとして試合の前にミーティングで選手に伝えます。

そして試合中も前半に映像を用いながら分析を行い、監督が必要とすればハーフタイムにフィードバックを行います。

試合翌日となる日曜日は、チームはリカバリーですが、前の日の試合のフィードバックをミーティングで行います。このフィードバックも、試合中や試合直後にまとめる必要があります。

月曜日はチームはオフですが、火曜日には先ほど言った通り、コーチングスタッフとのミーティングを開きます。実は火曜日・水曜日には選手個人にフィードバックもしますので、次節の試合分析と個人のフィードバックを同時並行で行わなければならないのです。

━━━1週間の間に前の試合・次の試合と様々なことを並行で行わなければならないのですね。

かなり前々から準備する必要があります。カップ戦などがあるとミッドウィークに試合が入ることもあるので、こうなると先ほどの日程をさらに詰め込んでこなさなければなりません。

━━━ミッドウィークに試合があるとかなりカツカツですよね。

そうですね。だからビッグクラブには何人ものアナリストが在籍しているんですよね(笑)中々タイトなスケジュールですね。

━━━STVVの監督からはどのような分析を求められますか?

チームとして球際で戦うところと、いかにセカンドボールを自分たちのものにするかを大事にしています。また、守備の規律も求めます。

一般的なOptaなどのデータ会社はデータを提供してくれますが、個人に合った情報は出てこないので、セカンドボールの勝率などのデータは試合中に私が取って、「この試合はセカンドボールの勝率で勝っていたよね、負けていたよね」など話し、その原因は「コンパクトさが足りていなかった」など監督に合わせて話をするようにしています。

━━━監督によって求められる分析が違いそうですね。

分析官の大事なところは監督の要望にどうやって答えるかです。自分本位ではなく監督やチームをサポートする役割なので、監督のアイデアやフィロソフィを理解してそれに合わせた分析が大切になります。

━━━アナリストになるために「これだけは持っておいたほうが良い」という能力や知識はありますか?

まずは、分析を行うためのサッカーの知識。自分でプレーした経験もすごく役に立っていると思います。プラスアルファで、アナリストはプレゼンの準備をしたりするテクニカルな技術も必要です。

分析に使うソフトだったり、スタジアムのカメラの管理も行うので、この分野の知識も用います。

あとは、スケジュールの部分でも話しましたが、かなりタイトな週もあります。そこでのスケジュール管理能力も必要となります。かなり前もって、次の対戦相手や次の次の対戦相手がどのタイミングで誰と対戦しているかも把握しながら準備しなければなりません。

━━━分析に用いるソフトとはどのようなものなのですか?

様々な種類のものがあるのですが、映像の分析で今使っているのは、世界的に一番人気のある「ハドルスポーツコード」。ドイツにいたときは、ドイツの「プロゾーン」というソフトを使っていました。使われるソフトはクラブや国によって異なります。

━━━使うには何か専門知識が必要なのですか?

専門知識というよりは、自分で使いながら勉強していったという感じです。私自身は、ドイツでプロゾーンというソフトを使っていましたが、ベルギーに来たタイミングで「ハドルスポーツコード」に切り替わりました。

その時には特に引き継ぎなどで教えてくれる人もいないので、自分でまたゼロから始めることになりました。

ソフトを使いこなすことが大事と言いますか、使えないと何も出来なくなってしまいます。

━━━アナライズする人によって特徴はありますか?

ベルギーで言うとOHルーヴェンは分析担当を何人も置いていて、統計的な分析官としてサッカーの経験というよりも統計の知識を導入しているそうです。

最近は分析の中でも専門性を出しているチームがトップクラブを中心に多くなってきていると思います。

例えばリバプールはソフトの開発まで行っているそうで、リバプール専用のソフトを開発していたり、統計を専門とする人を呼んで、アプリ開発から分析までを統括しているそうです。

直接見た訳ではないですが、そう聞いたことはあります。

━━━最後にアナリストとして一番やりがいを感じられる時はいつですか?

やはり対戦相手への準備や想定したものが、チームとして試合の中で機能して、それが勝利につながれば一番やりがいを感じます。

あとは個人の分析やフィードバックを通じて、自分たちの選手のパフォーマンス向上につながったり、成長してくれたときもですね。

私自身、プロ選手になりたかったのですが、叶いませんでした。プロサッカー界で働きたい・ヨーロッパのトップクラブで働きたいという気持ちを持ってドイツに渡ったので、そういう意味では今STVVの一員としてヨーロッパの試合に関わらせてもらえているのは、すごく幸せなことです。

またこれからどんどんステップアップしていければと思います。やはり最後の目標・夢としては、難しいかもしれないですけどドイツのクラブがあります。

日本だと分析の役割が知られていないというか、求められていないところもあると思います。私自身、分析官になりたくてやってきたわけではなくて、たまたまドイツの大学でそういう分野を勉強する機会があったから担当することになったので、日本でももっと若い人にも知ってもらえるような活動ができればと思います。

━━━ありがとうございました。