朴龍二

Jリーグでは毎年、150人前後の選手が高校や大学を卒業後に各クラブに入団を果たしている。日本でプロサッカー選手になるには、Jリーグの下部組織(ユース)からトップチームに昇格するか、高校サッカーや大学サッカーで活躍してスカウトを受けてJリーグクラブに入団するのが一般的だ。一方で、高卒でプロになれなかった選手がプロを目指す場合は大学に進学してサッカーを続けることが多い。

しかし、高校を卒業した後、いきなり海外に渡る選手もいる。今回は高校卒業後にスペインに渡り、現在ADアルコルコンB(セグンダB-セグンダ・ディビシオンスペインサッカー連盟3部相当)でプロサッカー選手としてプレーする朴龍二(パク・ヨンイ)選手に話を伺った。

朴龍二

―――まずはサッカーを始めた時期やきっかけをおしえてください。

幼稚園5歳の頃に地元のサッカースクールでサッカーを始めました。きっかけは友達がやっていたからです。私は在日4世で朝鮮学校に通っていたため、朝鮮学校のサッカー部にも所属していました。

―――その後、高校時代に初めてスペインにサッカー留学されたのですね。

中学校、高校と朝鮮学校のサッカー部に所属し、高校生くらいからプロサッカー選手を意識し始めました。しかし、サッカー部の監督と合わなくて、やっているサッカーも自分のやりたいサッカーとは違いました。「このままでは、プロサッカー選手になれないのではないか」と思っていました。

その時に、父の勧めもあって高校2年生の終わりごろから半年間スペインに留学し、バルセロナにあるサン・アンドレウというクラブのユースチームでプレーしました。

―――スペインと日本では練習内容や環境面、育成の仕方などでどんな違いがありましたか?

正直、練習の質はスペインのほうが高いと感じました。また、スペインは短い時間で効率良く、高い強度で練習をします。日本だと2時間半や3時間程度練習がありますが、スペインは90分しか練習しません。

また、日本の部活は人数も多いため、1人1人のプレー時間が確保されにくい環境だと思います。スペインは日本と比べて1チーム当たりの人数も少ないため、練習中に他の人のプレーを見ているなど、止まっている時間が少ないです。

スペインの街クラブは人数も多くなく、練習時間も90分ほどのことが多いため、練習の質や強度は高いですね。

朴龍二

―――スペインでサッカーをするにあたり、言葉や食事、文化など、苦労したことは何ですか?

やはり、言葉はかなり苦労しました。最初、まわりの人達の言っていることが分からず、ストレスにもなったのでかなりキツかったですね。言葉が話せないことで、馬鹿にされたりすることもありました。

ただ、スペイン語で徐々に話せるようになり、一人でレストランに行けるようになったりもして、そういったことがとても楽しかったです。

朴龍二

―――スペインで半年プレーされたのち、日本に帰国されますが、その時に卒業後にスペインにもう1度行くと決めていたのでしょうか?

日本に帰ってからは全国高校サッカー選手権大会に出場して活躍し、高卒でJリーガーになりたいと思っていました。しかし、東京都ベスト4止まりで全国大会に出ることができず、Jリーガーになることが叶いませんでした。

そこで、将来の進路を考えたときに「大学に行くなら、スペインでプロに挑戦したい」という思いが強く、一度目に行ったときに通用した手ごたえもあったのでスペインへの再渡航を決意しました。

―――その後、2019年にADアルコルコンU-23に加入しますがそれまでの経緯を教えてください。

スペインに渡航後、カタルーニャ伝説の監督といわれるジョゼップ・マリア・ジェネのユースチームに所属しました。そこで1年間プレーした後に社会人カテゴリーのクラブを探すことになりました。

しかし、他クラブからオファーもなく、悩んでいた際にADアルコルコンのトライアウトを見つけました。ちょうどその頃、CチームにあたるU-23カテゴリーが設立されたばかりで、スペイン8部から7部リーグに上がるタイミングでした。

自分でSNSを使ってクラブにコンタクトを取って、トライアウトを受けて合格し、入団することになりました。

朴龍二

―――トライアウトでの入団はかなり狭き門だったかと思いますが練習参加を通してトライアウトの期間に手応えはありましたか?

トライアウトは100人以上が受験し、1ヶ月ほどかけて行われました。そこから最終的に10人くらいが合格を勝ち取りました。

私はスペインに高校時代含めて1年半プレーした経験があり、スペイン語も話せる中でのトライアウトだったのでプレーと言葉の両方の面で「通用しているな」とは感じていました。

ただ、手応えはありましたが、不安もあったため、絶対的な自信があったというわけではなかったです。

―――その後、2年半アルコルコンCに所属し、一度日本に帰国したのですね。

アルコルコン1年目は新型コロナウイルスの影響で試合もほとんどできず、街はロックアウト、2~3ヵ月くらい家から出れない状況でした。アルコルコン2年目の年は全試合行われ、その時に副キャプテンを任されて7部リーグで優勝し、6部に昇格しました。

その後、2021年の12月までの期間でアルコルコンのBチームに練習参加もしていたのですが、Bチームへの昇格が叶わず、日本に1度帰って国内のクラブを探すことにしました。

余談ですが、その時のBの監督は前年までレアル・マドリードU-19A監督のホルヘ・ロメロ氏でして、中井卓大選手の事も知っていました。

―――そこからアルコルコンのBチームに加入することになり、2022年の8月末にプロ契約を結んだのですね。

日本に帰国し、2022年の2月頃まで国内でクラブを探していました。JFLのクラブのご好意で練習に参加させていただき、調整しているところをJ1スカウトの方が見に来て下さったのですが、契約には至らず、再びスペインに戻りました。

その後、リーガ2部B(スペイン3部相当)の元スペイン代表ハビ・モレノ監督率いる「バダロナ」というクラブで3月から練習参加をしていました。しかし、私が練習参加している期間にバダロナの降格が決定してしまい、他のクラブを探さないといけない状況になりました。

その時に代理人がアルコルコンのスタッフと話をしており、Cチームに所属していた経緯やBの練習に参加していたこと、そして何よりBの監督ホセ氏の意向もあって、夏の移籍マーケット最終日8月31日にアルコルコンBへの加入とプロ契約が決まりました。

ホセ監督は私がアルコルコンU-19Aチームでトレーニングしていた時の第二監督で、その時から私を評価してくださっていた方です。

朴龍二

―――スペインサッカーと日本のサッカーの違いやそれぞれの選手の特徴は何だと思いますか?

スペインのサッカーは日本のサッカーよりもピッチを広く使っていて、選手のポジショニングなどの戦術面に優れている印象があります。一方で技術的には日本人選手のほうが優れている印象があり、アジリティ能力も日本人のほうが上だと思います。

―――サッカー選手として1週間の生活のスケジュールはどのような感じなのでしょうか?

火曜日から金曜日の午前中にトレーニングを行い、試合は土曜日というスケジュールが基本になっています。翌日の日曜日にリカバリをして月曜日がオフとなるのが1週間の流れですね。

―――最近、YouTubeのアカウントを開設し、動画投稿を開始したかと思いますがそのきっかけを教えてください。

せっかくスペインでプレーしているので、スペインのサッカーや生活のことを発信していきたいと思ったことがきっかけです。スペインでの生活などは気になる人も多いと思うので、発信しないともったいないなと思います。

YouTube(ヨン ラリーガチャンネル)を通して自分の人生を伝えたいと思っています。

―――今後の選手としての短期的な目標と最終的な目標を教えてください。

最終的な目標はラ・リーガ(スペイン1部)のクラブでプレーすることです。短期的な目標でいうと、スペイン内でのカテゴリーを上げることはもちろん、Jリーグでプレーしたいという思いもあるので、その両方を目標にしています。

朴龍二

―――ラ・リーガ1部でプレーするという最終的な目標を達成するために必要なことは何だと思いますか?

日々の練習に全力で取り組み、日々成長し続けることは当たり前ですが、いつどのチームの練習に参加しても最高のパフォーマンスを発揮できるよう準備しておく必要があると思っています。更にはクラブ内の皆を好きになり、自分を好きになってもらう努力も必要だと思います。

―――現在、龍二選手はご自身の父が設立した株式会社トゥ・エレス・バリエンテのサポートを受けていますが、同社の特徴はどんなところだと思いますか?

本気でプロサッカー選手を輩出しようという強い思いで、選手達の夢をかなえるために本気で応援、サポートしてくれるのが特徴だと思います。そして、今後もプロサッカー選手を多く輩出し続けられる会社になると思っています。

―――お忙しい中ありがとうございました!今後の活躍を期待しています!