大島拓登

今回は、大島拓登(おおしま たくと)選手にインタビューをさせていただいた。現在25歳の大島選手はポーランド1部のKSクラコヴィアというチームでプレーする。

大島選手のキャリアは決して順風満帆だったわけではない。大学時代に感染症流行によって、サッカーを辞めそうになった時もあったという。

また、海外へ行った経緯も本来聞いていた話とは違ったそうで、スロバキア4部からポーランド1部まで這い上がってきた。

今後さらなるステップアップの可能性があるという大島選手のストーリーを深堀していこう。

知人の誘いで海外挑戦。しかし聞いていた話とは異なった

━━━海外移籍を決断されたきっかけは何だったのでしょうか?

学生時代は福岡大学でプレーしていたのですが、U-19大学日本選抜の西日本代表に選ばれました。その時に韓国へ行って国際試合をしたとき、日本では味わえないような楽しさを感じました。

その後、大学を辞めて海外へ行こうと思ったのですが、コロナが流行して行けなくなりました。大学も辞めた後だったので、サッカーを辞めようかと考えることもありました。

1年半くらいは日本で思うようなキャリアを築き上げることができずにいたのですが、仲良くさせていただいている方のエージェントにポーランドへのトライアウト参加に誘っていただいて、行くと決めたのがきっかけです。

━━━最初はスロバキアのクラブでプレーされたと思うのですが、ポーランドからスロバキアになったきっかけは何だったのでしょうか?

まず、一人でポーランド南部のクラクフ空港に到着した後、担当者に迎えに来ていただいて4時間車に乗って移動したのですが、スロバキアで降ろされました。

そこで一泊して、次の日にスロバキアのサッカー協会のようなところへ行って選手登録などを行いました。最初はポーランドでのトライアウトと聞いていたのですが、実際はスロバキア4部のアマチュアの人たちがいるようなチームです。そこで3ヶ月プレーすることになりました。

このように意図せずスロバキアに行ったのが経緯です。ポーランドのチームでトライアウトだと思っていたらスロバキア4部のチームでした。

大島拓登

━━━そこからスロバキア1部へはどのような経緯でしたか?

2試合目を終えた後にスロバキア1部のチームから練習参加してほしいという声がかかって、3試合目の後に練習に参加することになりました。

その練習でスタメン組対サブ組の試合をしたのですが、その試合後監督から呼び出され、今すぐ契約してほしいと言われました。

1部リーグはプロなのでレベルは違いましたが、個人的にはやっていけると感じました。開幕からは全試合スタメンでフル出場し、1年半プレーすることになります。その後契約は残っていましたが、現在プレーしているKSクラコヴィアに移籍することが決まりました。

得意なプレーは予測力と走行距離

━━━得意としているプレーやご自身の長所を教えてください。

特徴はボールを失わないこと、守備への予測、そして走行距離です。基本的に守備的ミッドフィルダーなので、味方が攻撃している時に次どこにボールが来るかを予測しながらポジショニングしています。

たまにもう少し前のポジションでプレーすることもあるのですが、その時はチャンスメイクを意識しながらプレーします。ポジションによって自分の役割を変えるように心掛けています。

ただメインは守備的ミッドフィルダーで、攻撃的ミッドフィルダーとして出場したのは4試合だけで、アシストを記録しました。

━━━参考にされている選手はいらっしゃいますか?

参考にしてる選手はいないですが、好きな選手はヴェラッティです。彼は、ボールタッチと基礎がしっかりしています。ボールをタッチしている位置などをよく見ます。

日本では考えられないようなファールも。球際の強さに衝撃

━━━スロバキアのサッカーはどのようなスタイルですか?

チームによりますが、僕のチームは繋ごうとしても繋ぐことができず、センターバックが蹴って僕のようなボランチが走り回るようなスタイルでした。ただ、ボールを持ったときは失わなかったので、自分の良さを出すことができました。インテンシティもあまり高くないので、ボールを持ったときの時間はあります。

それでも海外なので、球際の部分は強さを感じました。日本では怒られるようなファールでも当たり前のようにされます。

これはどのリーグでも同じで、4部でも抜いた後に思いきり抱きついて掴んできたり、後ろから足首狙ってスライディングされたりしました。さらに当時はコロナ禍真っ只中で、差別も受け、明らかにファールされているのに笛を吹かれないということもありました。

━━━やはりアジア人、日本人だからというのはあったのではないでしょうか?

そうですね、ピッチ外でも僕の顔を見たら「アジア人だ」といってマスクをつけ始めたりしてきます。それでも、僕は全然気にせず、「これが差別なのか」と初めての体験を肌で感じていました。

━━━スロバキア人たちの体格はやはり大きいですか?

皆大きいです。ただ、僕はドリブルで強引に行くタイプではなく、周りを使いながら進むタイプです。皆身体が大きくて強いですが、柔軟にプレーすることができました。

大島拓登

━━━ポーランドはどのようなプレースタイルなのでしょうか?

ポーランドはスロバキアから一気にレベルが上がりました。代表選手も多いので、初めての練習の時はスピード感が全然違うことに少し戸惑いました。また、インテンシティが高くなりました。

━━━ポーランドもスロバキアのような激しさはあるのですか?

同じような感じです。ポーランドでも日本人がしないようなファールを普通にされます。それもあって、僕は足首の怪我が多かったです。ただ、テーピングを巻いて休まずに毎試合出場していました。

ポーランドでは激しさに加えて先ほど言った通りスピード感が上がったので、ボールを持ったときの判断スピードを速くしなければなりませんでした。

━━━スロバキアとポーランドの生活面はいかがですか?

スロバキアには何もないですね(笑)。日本にあるようなショッピングモールなどもありません。現地の人は、基本休みの日はコーヒーを飲みに行って、カフェで3時間会話をするといった生活が当たり前になっています。僕は馴染むのに少し苦労しました。

逆に、ポーランドは日本人がシェフをしている日本食レストランもありますし、欲しいものも気軽に買うことができます。また、昔のヨーロッパ風の街並みも綺麗です。そして、家の水道水も飲めるなど、インフラ面もしっかりしています。

順調なステップアップの影で人一倍の努力

━━━これまで海外でプレーされて上手くいったと感じることはございますか?

順調には進んでいると思います。まだ海外に行って2年半ですが、スロバキア4部から1部に上がり、今のポーランドのKSクラコヴィアに行けたのは順調なステップアップと言えると思います。

プレー面でいうと、サッカーだけに集中できているという環境があるので、大学生や高校生の時のような波がありません。基本的に全試合を通してパス成功率も90%です。常に安定したプレーができているので、逆に上手くいったプレーというのは覚えていません。

━━━一方で苦労された面はございますでしょうか?

苦労したのは、スロバキア時代の言語面です。当時は英語が話せなかったので、コミュニケーションが取れませんし、監督が言っていることも分からないという状況でした。ただ、今は全部理解できて普通に話せるので、快適に過ごせています。

━━━どのように勉強されたのですか?

YouTubeで3時間リスニングなどの動画を流して、聞いたものを口に出したりしていました。外にいる時は、話せなかった時でも英語ができる人たちのグループに入って、頑張って理解しようと聞くようにしていました。

そして家に帰ったら単語を勉強したりユーチューブで勉強したりして、3ヶ月後には普通にコミュニケーションをとれるようになっていました。

今も会話をしながら勉強しているイメージで、知らない単語が出てきたときはどういう意味かを聞いて、それを口に出して覚えるの繰り返しです。

チャンピオンズリーグ出場、日本代表、そして夢のプレミアリーグへ

大島拓登

━━━最後に今後どのようなキャリアを築き上げていきたいとお考えでしょうか?

次の僕の夢は日本代表です。前までは日本代表に行きたくても現実的ではないと思っていたのですが、今ステップアップしてきて掴めるなという自分の感覚があります。

チャンピオンズリーグ、日本代表、そして最終的な夢はプレミアリーグです。このように自分のキャリアを進めていきたいと考えています。

そして、僕はサッカーやめそうになったときがありました。コロナが来た2、3年前と直近の話です。日本にも上手くても自分を活かしきれない選手も多くいるはずです。サッカーからかけ離れた生活をしていた僕が今このような状況にいるというのを見て、夢や希望を与えられればと思います。

━━━本日はありがとうございました。

編集:ALLSTARS CLUB編集部
画像:ご本人より提供