メスタージャ

筆者は学生時代からスペインに留学し、2004年からはバレンシアに計5年移住した経験を持つが、渡西した当初最も驚いたことの一つが日本とスペインにおけるサッカーを扱うメディア環境の違いだ。

学生時代からサッカー雑誌を購読することが趣味だった私はスペインに行ってから、サッカー雑誌なるものがほとんど存在(成立)しないことを知る。その理由は簡単で、日々スポーツ新聞が日本のスポーツ誌以上のボリュームとクオリティでサッカー、ラ・リーガを扱っているから。

スペインにおけるメディアの特徴


例えば、1983年創刊で今や一般紙も含めてスペイン新聞業界で最多発行部数(135万部|2020年データ)を誇る『マルカ』はラ・リーガのシーズン中であれば電子版55ページで40ページがフットボールの誌面(7割程度)となる。

デイリーでそれだけの誌面にサッカー、ラ・リーガの各チームの情報を掲載するとなると、週刊や月刊の雑誌が入り込む余地はない。もちろん、当時は企画やインタビューが際立っていた『ドン・バロン』というサッカー雑誌も存在はしていたが、2011年に紙媒体としての役目は終えインターネット上での情報サイトのみが残ることとなった。

ただ、スペインのスポーツメディアにおけるREY(王様)はラジオだ。未だにラ・リーガの中継で映るスタジアムのサポーターがイヤホンをしながら(スマホでのアプリ経由でラジオ聴取するため「ラジオ片手に」という表現は使えなくなった)、試合観戦する姿を見る機会は多いはず。サポーターはスタジアムにいながらラジオ経由で好みの実況・解説を聴き、試合観戦を楽しむ。

これはスマホの台頭によるSNS時代になっても変わらぬスペインフットボールの伝統的習慣だ。国営ラジオもあるが、基本的にはキー局であるSER、COPE、ONDA CEROの3つのラジオ局が君臨し、看板番組は試合の実況・中継に加えて、スペインラジオの「ゴールデンタイム」にあたる深夜12時前後の討論番組だ。

今はどの局も11時半から番組をスタートさせ、深夜1時くらいまでの90分、長い時には120分、その日の試合や試合がない時でもホットなディベートテーマで論客を集め喧々諤々の熱い議論を交わしていく。

もちろん、マスメディアの王様たるTVも未だ影響力は強い。ラ・リーガやCLなどの試合が有料チャンネルで独占放送(配信)されるようになったことで地上波でのサッカー中継自体は減っているが、高い視聴率を誇るニュース番組のスポーツコーナーではレアル・マドリード、バルセロナの二強を中心にラ・リーガ主要クラブの情報が細かく報じられ、サッカーに関心が低い層にまでサッカー情報が届けられている。

このようにスペインにおけるスポーツメディアにおいてはNO.1コンテンツたるサッカーが未だマス向けのコンテンツとして流通し、国民との接点も多い。新聞の一般紙でもラ・リーガの情報は手厚く報じられており、きちんと面を取ることに成功している。

日本におけるメディアの特徴


一方で日本では日本代表の試合でない限り、マスメディアでサッカーが流通することは難しい現状だ。もちろん、ワールドカップは国民的コンテンツとして盛り上がりを見せるだろうが、日々コンスタントにサッカー情報が幅広い層に届くような流通媒体はなくなってしまった。

国民の趣味嗜好の細分化が加速度的に進んでいることで、日本のエンタメ産業全体でセグメント化が進んでいるのも間違いないが、情報の流通がSNSメインとなってしまうことで生じるのが記事の重要度、信憑性が測りにくくなる問題だ。

例えば、スペインではマルカやアスといった主要スポーツ紙における誌面作りで情報の重要度、信憑性がある程度理解できる。例えば、「メッシがバルサに復帰か?」といった噂が挙がったとして、翌日のカタルーニャ州のスポーツ新聞の1面ではなく10面あたりに小さく掲載される程度なら「完全な飛ばし記事」であると理解できる。

しかし、SNSで情報を取る日本のようなメディア環境であれば全ての記事、ニュースが横並びで見出しだけがフローとして流れてくるため、その記事の信憑性を精査することが非常に難しい。また、フェイクニュースが社会問題化しているのと同じ構造で「ありえないだろう」と思えるような極端なニュースほど人の深層心理にインパクトを残すため拡散しやすい。

だからこそ、日本のメディア環境で気をつけて欲しいのはソース(情報源)と人(記者)にプライオリティを置く情報収集術だ。拡散しやすいSNSでのニュース記事こそ、一旦立ち止まって「ソースはどこか?」を確認し、「どこが報じているか?」という媒体以上に、「誰が発信しているのか?」という人でフィルタリングすることが重要になる。

往々にして媒体というのは無責任な飛ばし記事を報じる時ほど、無署名で個人の名前を伏せた発信をするものだけに、今の時代は媒体以上に記者個人の発信の方が信頼性という側面では高くなりつつある。

まとめ


もちろん、スペインにはスペイン特有のメディア環境から来る問題もある。一つは、媒体以上に記者個人が影響力を持ち始めていることで媒体のような複数の目(チェック)が入ることなく、たった一人の意図や思惑でニュースが発信されてしまうこと。特に、ポジショントークを踏まえて読みとかなければいけない記事は数年前と比べて増えているだけに、受け手のメディアリテラシーは年々高いレベルを求められている。

いずにせよ、今回論じたいのは日本とスペインにおいてメディア環境に「違いがある」という前提で、その土地に応じた情報の受け取り方があるという点だ。Jリーグ(プロ)が出来てまだ30年の日本とすでに100年以上前からサッカークラブがあるスペインでは当然メディア環境に大きな違いがあり、どちらが良い悪いではない。

情報を受取ることもサッカーというエンタメに内在された楽しみの一つであるため、皆さんにはその違いを理解してもらいながらその国々でのサッカーを極限まで楽しんで頂きたい。

小澤一郎

小澤一郎氏

1977年、京都府生まれ。Periodista(サッカージャーナリスト)。早稲田大学卒業後、社会人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。現在は、DAZNでラ・リーガの解説を担当し、LaLiga Freaks(DAZN)、Foot!(J SPORTS)などの番組MCも務める。これまでに著書7冊、構成書4冊、訳書5冊を刊行。株式会社アレナトーレ所属。