小澤一郎氏

エイバル(20-21)、アラベス(21-22)が2部降格となる前までは、ラ・リーガ1部所属のバスクのクラブが4チームも存在したことからもわかるように、人口約220万人規模のバスク自治州はスペイン国内でも屈指のサッカー所だ。

中でも「バスクの雄」と呼ばれるアスレティック・ビルバオとレアル・ソシエダの2クラブを筆頭に、バスクの育成レベルは国内のみならず世界を見渡しても最高レベルを維持し続けている。

Jリーグの複数のクラブで指揮を執ったミゲル・アンヘル・ロティーナ監督に以前、「なぜスペイン、バスクの育成レベルはこれほど高いのか?」と質問した際、バスク人監督の彼は「必要性」と即答した。

バスク純血主義を貫くアスレティック・ビルバオは「バスク人」以外の選手を獲得できないデメリットを最小限に留め、クラブ哲学として設けた厳しい制約をメリットに変える努力を続けている。

また、久保建英が移籍したことで日本でも俄然注目が集まっているレアル・ソシエダもトップチームの選手構成に「アカデミー出身者6割」という数値目標をしっかりと掲げ、その目標を実際にクリアするチーム強化を持続的に行っている。

ちなみに、アスレティック・ビルバオの定義も含めバスク人にとっての「バスク」とは、スペインの現行憲法によって定義されているバスク自治州(ギプスコア県、ビスカヤ県、アラバ県)のみならずナバーラ自治州ナバーラ県とフランス領ピレネー=アトランティック県の一部を含む地域のことを指す。

アスレティック・ビルバオのトップチームにラウール・ガルシアやムニアインのようなオサスナ、ナバーラ州出身選手が在籍するのもそういう理由から。

クラブ単体ではなく地域全体の選手育成

ビスカヤ県のビルバオに拠点を置くアスレティック・ビルバオ、ギプスコア県のサン・セバスチャンに拠点を置くレアル・ソシエダの2クラブにおける育成の特徴は、選手育成をクラブ単体ではなく地域全体で行っている点にある。

例えば、アスレティックはビスカヤ県を中心にバスク全体に200程の街クラブと提携関係を結び、クラブの育成メソッドやアスレティックのアカデミー指導者を地域クラブに無償で提供・派遣しながらきめ細かい育成と有望なバスク人タレントを取りこぼさないスカウティング網の育成システム(ピラミッド)を築き上げている。

ラ・レアルもギプスコア県内に70近い提携クラブを持ち、県外には10近いテクニカルセンターを置いてバスク内での選手発掘と選手育成を両立している。

メソッドや質の高い指導を地域全体で共有するオープンマインドは、サッカーのみならずバスクのグルメカルチャーにも見てとれる。

美食の街の「グルメ」と「サッカー育成」の関係性

今やサン・セバスチャンといえば、「美食の街」として世界中に名が知れ渡った観光都市となったが、人口20万人にも満たず特別な観光資源も持たなかったこの街が近年急速に食文化を発展させた要因は、この街出身の料理人たちが自分の技や他の地域に出向いて習得した新たな料理技法を入れたオリジナルレシピをオープンにして共有したからに他ならない。

それまでの料理業界は徒弟制度を中心に修行期間が長く、親方のレシピや技法を近くで盗み暗黙知として感覚的に学ぶ仕組みで人材育成をしていた。秘伝のレシピは当然ながら門外不出でシェアすることは許されず、それゆえにミシュランの星付きレストランのような評価の高い店はその料理や顧客を独占できていた。

しかし、サン・セバスチャンを中心とした「ヌエバ・コッシーナ(新たな料理)」のカウンターカルチャーによって、店や料理人独自のレシピや技法が形式知として広く共有され、バスク全体での料理のレベルが上がった。

特にサン・セバスチャンは人口比率でのミシュランの数が世界一の都市にまで急速な成長を遂げたのだ。こうしたバスクにおける食文化の浸透や発展は、言語化が進みテクノロジーを駆使した最先端の育成メソッドを地域で共有するバスクのサッカークラブの育成と共通点が多い。

アスレティック・ビルバオもレアル・ソシエダも自らが拠点を置く都市や県における育成ピラミッドの頂点に立つ自覚と責任を意識しながら、ピラミッドの底辺にまで質の高い指導を行き渡らせようとしている。だからこそ、選手育成のレベルのみならずバスクでは指導者養成のシステムもクラブ拠点で確立されている。

ラ・リーガにおけるバスク地方の力

今夏、アスレティック・ビルバオでは会長選挙が行われたことで監督交代が起こり、バルセロナの監督も務めたエルネスト・バルベルデ監督が3度目となる監督就任を決めた。レアル・ソシエダのイマノル・アルグアシル監督も含め、彼らはいずれもバスク人かつ各クラブのアカデミーからプロ選手になった経歴を持つ。

今季のラ・リーガ1部20クラブの監督の出身地(国と地域)を見ても、バスク出身者はバスク2クラブの監督以外にもロペテギ(セビージャ)、ウナイ・エメリ(ビジャレアル)、ジャゴバ・アラサテ(オサスナ)、イラオラ(ラージョ)の4名がいるため最多6名にもおよぶ。

サッカー研究機関のCIESフットボール・オブザーバトリーによると昨季(21-22シーズン)の欧州5大リーグの中で最もカンテラ(アカデミー)出身選手を起用したクラブがレアル・ソシエダでその数17選手(アスレティック・ビルバオは15選手で3位)。

しかし、5大リーグにおけるアカデミー出身選手の出場時間での統計になると、アスレティック・ビルバオが55.8%で堂々の1位、レアル・ソシエダが43.9%で2位と入れ替わる。

いずれにせよ、バスクの雄たる2クラブが欧州5大リーグの中で最もアカデミー出身選手を多くトップチームに輩出し、実際に主力選手として起用していることがこのデータからも証明されている。

間もなく開幕するラ・リーガの新シーズンにおいても、育成を土台とするバスクの2クラブには要注目だ。

小澤一郎氏

1977年、京都府生まれ。Periodista(サッカージャーナリスト)。早稲田大学卒業後、社会人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。現在は、DAZNでラ・リーガの解説を担当し、LaLiga Freaks(DAZN)、Foot!(J SPORTS)などの番組MCも務める。これまでに著書7冊、構成書4冊、訳書5冊を刊行。株式会社アレナトーレ所属。