シティ・フットボール・グループ

10-11年以降、15-16年を除いた全てのシーズンでトップ3入りを果たしているマンチェスター・シティ。21-22年も例外でなく、リバプールと熱い首位争いを繰り広げている。

そんなマンチェスター・シティを語る上で欠かせないのは「シティ・フットボール・グループ」の存在だろう。マンチェスター・シティを中心に12クラブ(内2クラブはパートナークラブ)で構成された世界的なサッカー事業グループだ。

このシティ・フットボール・グループはまだ創設から10年も経っていない。2008年9月のアブダビによるマンチェスター・シティ買収からこのプロジェクトの計画が立てられ、2013年5月に正式に設立された。

今回はシティ・フットボール・グループについて紹介していく。

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マンチェスター・シティの歴史

マンチェスターシティ

それではまずマンチェスター・シティの歴史を振り返っていこう。

創設から20世紀前半


1880年11月23日にSt.Mark’s (West Gorton)という名前で設立され、その後、1887年にArdwick Association Football Clubと改名。最終的に1894年4月16日にマンチェスター・シティとなった。それ以来、クラブのユニフォームには水色が採用されている。

クラブは1898-99年のシーズンには、当時のイングランドのトップリーグである1部リーグでプレー。1904年には、ボルトンワンダラーズとのFAカップ決勝を制し、クラブ初のタイトルを獲得した。同年のリーグ戦では2位という成績を残し、2冠達成まであと一歩というところだった。宿敵のユナイテッドは1908年までタイトルを獲得することがなかったため、シティはマンチェスターで最初に公式タイトルを獲得したクラブとなる。

1923年にマンチェスターのモスサイド地区にあるメインロードに移転するまではシティはさまざまなグラウンドやスタジアムでプレーしていた。この移転は1920年に発生した火災により、それまでシティの本拠地であったハイド・ロード・スタジアムのメインスタンドが焼失したことによるもの。

メインロードは、当時、ウェンブリー・スタジアムに次いでイングランドで2番目に大きなスタジアムで、立見席で8万人以上の観客を収容することができた。しかし、安全対策や当時のサッカーの需要に合わせて、収容人数を35,000人に減らす措置が取られた。

この輝かしい時代の後には深刻な危機が訪れ、新たなタイトルを獲得できずに2部リーグに降格。クラブは、負のスパイラルに突入した。

20世紀後半から2008年


1980年代後半には調子を上げ、プレミアリーグ創設メンバーにはなれたものの1996年には再び2部に降格した。その1年後には3部まで降格している。

そんなどん底からクラブは調子をあげプレミアリーグに復帰し、ケビン・キーガンが監督を務めた2003年、メインロードでプレーした最後の年にはUEFAカップへの出場権を獲得した。またこの年、メインロードでホームゲームをスタートさせてから80年、マンチェスター・シティは現行のエティハド・スタジアムに移転。大きな財政問題を抱えながらも、なんとかプレミアリーグに定着していた。

2007年、タイの元首相タクシン・チナワットが1億2100万ユーロ(約155億7200万円)でクラブを買収したが、翌年、アラブ首長国連邦(UAE)の投資グループ「アブダビ・ユナイテッド・グループ・フォー・ディベロップメント・アンド・インベストメント」に売却。

ペルシャ湾に浮かぶUAE7カ国のひとつであるこの裕福な小さな首長国は、イギリスの歴史あるクラブを2億5000万ユーロ(約321億7400万円)で買収したのだ。のちにシティにとって歴史的な一日となる2008年9月23日のことだった。

2008年から現在

プレミアリーグ

その日から、マンチェスター・シティの財政問題は終わりを告げた。2部リーグに降格することなく、多くのタイトルを獲得している。

新オーナーは、初日からクラブに力を注ぎ、何億ユーロもの金額を選手獲得に費やした。初シーズンにはブラジル人選手のロビーニョに4000万ユーロ(約51億4800万円)、次の夏にはアデバヨール、テベス、ロケ・サンタ・クルス、ガレス・バリー、コロ・トゥーレに1億5000万ユーロ(約193億円)を投じた。

また、監督にはマーク・ヒューズやロベルト・マンチーニを任命。マンチーニ監督は10-11年シーズンにシティを35年ぶりにFAカップ優勝に導き、同時に40数年ぶりにチャンピオンズリーグへの出場権を獲得した。

2008年以降、プレミアリーグ優勝5回、FAカップ優勝2回、EFLカップ優勝6回、チャンピオンズリーグ最高成績準優勝など数々の好成績を残している。

アブダビのクラブ買収

マンチェスター・シティ

 

そもそもなぜアブダビという小さな富裕層の首長国がマンチェスター・シティという歴史のあるクラブを買収することになったのか。

アブダビは、オマーンとサウジアラビアに挟まれたペルシャ湾に位置し、ドバイ、アジュマーン、フジャイラ、ラス・アルカイマ、サルジャ、ウンム・アルカイワンからなるアラブ首長国連邦を構成する7つの首長国の中で最大の首長国。アブダビは、ドバイに次いで規模が大きく、2番目に人口の多い都市であり約200万人の人々が暮らしている。

石油とガスが主な収入源であり、GDPの中核をなしている(世界の石油埋蔵量の9%、ガス埋蔵量の5%を有する)が、隣国のドバイ、バーレーン、カタール、サウジアラビアなどと同様に、アブダビも20世紀末に、観光を通じて世界に門戸を開き、スポーツなどの経済の他の分野に投資する戦略を適用することを決定した。

スポーツに投資することは、純粋に経済的な目的だけでなく、イメージの面でも大きなメリットがあり、ペルシャ湾岸のすべての君主がこの道を歩んできた理由でもあるのだ。

アブダビは2008年にマンチェスター・シティを買収したのち、2009年と2010年にFIFAクラブワールドカップも主催。そのほかにもアブダビでは、F1グランプリ、ゴルフや競馬、さらにはUFC(総合格闘技団体)の試合も開催されている。

この戦略の一環として、2008年9月23日、シェイク・マンスールが率いるアブダビ首長国の投資部門が、マンチェスター・シティを買収し、現在では世界のサッカー界のエリートの仲間入りを果たす野心的なプロジェクトの建設を開始したのだ。

シェイク・マンスールは、クラブ会長として首長一族に近いアル・ムバラクを任命したのだが、このアル・ムバラクこそがシティ・フットボール・グループ設立に最も携わった人物だった。

シティ・フットボール・グループの誕生と動き

メルボルン・シティ

シティ・フットボール・グループが正式に設立されたのは2013年5月。設立後最初の指揮を任せられたのはFCバルセロナの元副会長で、現在シティ・フットボール・グループのCEOを務めるフェラン・ソリアーノだ。

米国とオセアニアへの進出


ソリアーノは、スポーツディレクターとして、チキ・ベギリスタインをチームに迎え入れた。彼らはMLSと交渉して2013年にマンチェスター・シティとニューヨーク・ヤンキースから誕生したニューヨーク・シティFCを設立するなど、グローバルなグループの構築に着手した。

ニューヨーク・シティは、マンチェスター・シティと同じ色のユニフォームを使用し、いくつかのスポンサーを共有。また、選手をトレードし、世界中で再現可能なアカデミーでの育成を優先している。その目的は、外国のクラブにも拡張可能な経営上の相乗効果を確立することだ。

そして、次のステップはオーストラリアだった。2014年1月、シティ・フットボール・グループは、メルボルン・ハートを1000万ユーロ(約13億円)で買収し、メルボルン・シティFCと改名した。

メルボルン・シティも水色のユニフォームを着用しており、スポンサーはエティハド航空となっている。

この時、ニューヨーク・シティとメルボルン・シティの間にはグループならではの興味深い出来事があった。

2014年6月にニューヨーク・シティへ移籍した元スペイン代表FWダビド・ビジャ。しかしニューヨーク・シティがMLSに参戦するのは2015年からと決まっていたため、ビジャはメルボルン・シティへレンタルされ、数試合出場したのちニューヨークへ戻った。

グループでなければこのような手法を取ることはできなかっただろう。

アジアと南米への進出


ヨーロッパを初め、北米、そしてオセアニアへと進出したシティ・フットボール・グループ。次なるターゲットはアジアや南米だ。

2014年5月、グループはJリーグの横浜Fマリノスの株主になることが発表された。しかしここでは、クラブ全体を買収するという戦略ではなく、パートナーシップ契約を結ぶために株を持つということで話が進められた。

そして2017年の4月には、ウルグアイのモンテビデオ・シティ・トルケと改名されることになったCDタルケの買収が正式に決定した。

CDタルケは2007年末に設立された新クラブ。08-09年に3部リーグに参入し、12-13年に2部リーグ昇格。2018年から1部リーグで戦っており、2022年シーズンの前期は16チーム中12位となっている。

さらなる展開


その後はスペインのジローナFCや中国の四川九牛足球倶楽部、インド・スーパーリーグのムンバイ・シティFC、ベルギー2部リーグのロンメルSK、フランスリーグ1のトロワACなどと契約。また、ジローナFCの株主でもある実業家マルセロ・クラウレ氏が所有するクルブ・ボリバル(ボリビア)と、買収ではなくパートナーシップ契約を結んだ。

直近では、オランダ2部のNACブレダを700万ユーロで買収することになっていたが、ファンからの反対により買収を撤回することとなった。

現時点で唯一進出していないのはアフリカ大陸。今後、同地域に進出する可能性は十分にあり得るだろう。

まとめ

このようにクラブがアブダビの手に渡ってから数々の栄光を手にしてきたマンチェスター・シティ。その後もジェコやアグエロ、フェルナンジーニョ、デブライネ、ストーンズ、グリーリッシュなど高額で数々の好選手を獲得してきたが、唯一チャンピオンズリーグという一番大きなタイトルを獲得できていない。

20-21年は決勝でチェルシー相手に敗れ、21-22年もレアル・マドリード相手にまさかの大逆転負けで準決勝敗退となった。今後悲願のビッグイヤー獲得を達成することはできるのだろうか。

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