家本政明

自分の思いや気持ちをうまく伝えられない。ちゃんと伝えているつもりなのによく誤解される。何を言っているのかよく理解できない。そんな経験はありませんか?

私たちは常に、自分以外の誰かと意思疎通を図りながらお互いの関係性を深めたり、何かを実現させたりしています。それくらい意思疎通 コミュニケーションは私たちの生活の中で大切なものであり、もっといえば、人生を大きく左右させるものといっても過言ではありません。

そこで今回は、『審判から学べるコミュニケーション』についてお話しします。

コミュニケーションとは

まずはじめに、コミュニケーションとは「お互いの意思や感情、思考を言語・文字・身振りなどで伝達し合うこと」を言い、言語と非言語からなります。言語は言葉、非言語は態度や表情、話のスピードや声の抑揚などです。

コミュニケーションによって得られるメリット2つ

コミュニケーションによって得られるメリットは大きく2つあります。

ひとつは、信頼関係の構築と精神面の安定です。人はコミュニケーションを通して、お互いの価値観や考えを知ることで信頼関係を築いていきます。また、人間関係が良好になることで社会的欲求が満たされ、精神的な安心や満足を得ることができます。

もうひとつは、仕事の効率化と生産性の向上です。仕事は異なる価値観をもった人たちと情報交換しながら、目標を達成していきます。良いコミュニケーションがとれると、このプロセスが効率的かつ効果的に進むので、成果をあげやすくなります。

コミュニケーションを構成する3要素

また、多くの人が『コミュニケーション』と聞くと、つい「何を言うか」「どう言うか」と言語に意識を向けがちですが、それでは良いコミュニケーションをとることは難しいです。

なぜなら、人はコミュニケーションをとって相手を理解する際、話の内容(言語情報)よりも話のスピードや声の抑揚(聴覚情報)、あるいは話す人の態度や表情(視覚情報)といった『非言語』の影響を大きく受けるからです。その比率は言語7%:聴覚38%:視覚55%と言われています。

ここで言いたいのは、言語よりも非言語の方が重要ということではなく、話し手の情報が聞き手に誤解なく伝わるには、「言語情報」「聴覚情報」「視覚情報」という要素をしっかりと揃えてコミュニケーションをとることが重要ということです。

たとえば、Aさんがあなたに感謝の気持ちを伝えに来たとします。そのとき、Aさんが明るい表情や柔らかい口調であなたに「ありがとう」と言うと、素直に嬉しい気持ちになりますよね。ところが、口では「ありがとう」と言いながらも表情が暗かったり、口調が荒々しいとあなたは困惑したり、負の感情を抱くことさえあります。

ですので、「言語情報」「聴覚情報」「視覚情報」という3要素をしっかり揃えてコミュニケーションをとる。それが良いコミュニケーションのベースとなる。このことをしっかりと抑えておいて下さい。

コミュニケーション力を高めるために必要な4つのスキル

また、良いコミュニケーションをとるための重要なスキルは、主に4つあります。

【話し手のスキル】

自分の意見を「言語で伝える力」

自分の意見を「非言語で伝える力」

聞き手のスキル

相手の言語を「聴く力」

相手の非言語を「読み解く力」

は、自分の考えや感情を言語に変換して、相手が理解できるように伝える力のことです。いわゆる『言語化力』です。言語化力を高めるには、観察力、思考力、語彙力、分解力、要約力などを鍛えることが重要です。

は、自分の考えや感情を身体の動きや声に変換して、相手が理解できるように伝える力のことです。いわゆる『表現力』です。人は無意識のうちに、身体の動きや声で自分の本音を表現しています。ですので、相手に違和感や不信感を与えないためにも、言葉と表現を一致させるよう意識して下さい。

は、話の内容を理解する力と話を引き出す力のことです。相手が何を伝えようとしているのか、言いたいことが言えているのか、それらを知るためにも相手の話を最後まで聴く、相手に共感する、質問する、確認するなどが重要です。加えて、であげたような思考力、語彙力、分解力、要約力なども重要になってきます。

は、話し手の声や身体の動きを理解する力のことです。人は自分が思っていることの全てを言い表せるわけではありません。相手が何を伝えようとしているのか、本音や真実を話しているのかを理解するためにも、声のトーンや話すスピード、態度や表情、仕草といった非言語から相手を理解することが重要です。そのためにも、相手に興味を持つ観察する、細部に注目するようにしてみて下さい。

審判時代の家本氏のコミュニケーション

家本政明氏

それではここまでの話を踏まえて、審判が試合中にどういうコミュニケーションをとっているのか、僕の経験を少しだけお話しようと思います。

審判が試合中に選手とコミュニケーションをとる目的は2つあります。ひとつは、選手や見る人、支える人の感動や喜びを創造すること、もうひとつは、フットボールの価値を高めることです。とはいえ難しいのは、試合はずっと動いているので、選手とコミュニケーションをとる時間も人数もタイミングも限られている、ということです。

選手とのコミュニケーションのタイミング

ではどうしていたのかというと、会話に関しては主につのことをやっていました。

①試合が止まっている時(反則があった時やボールがラインを出た時など)に、その前の状況や選手の行為について軽く声掛けしたり、質問したりして、意図的に選手との接触回数を増やしていました。

②大きな事象があった時(負傷した時、注意・警告・退場が必要な時)に、時間をかけて丁寧に、時に相手の言い分も聞きながら必要最低限のメッセージを伝えるようにしていました。

③選手が自分のプレイや試合にいまいち入りきれていないと感じた時に話しかけたり、状況によっては自分が直接伝えるのではなく、頼れる選手に自分の考えを話して、その選手から伝えてもらうようにしていました。

もちろん選手も審判と話したいと思っていますし、不満やストレスを聞いてほしいと思っています。そういう選手から審判に話しかけてくる場合は、『無視しない』ということをとても大切にしていました。とはいえ、何でもかんでもすぐに対話することが良いわけではないので、相手の態度や表情、状況などを考慮して、どういう向き合い方が今一番適切なのか、いろいろ考えながら対応していました。

態度や表情については、日本でやるときは横柄さや傲慢さ、過敏さを感じさせないように、強さや毅然さよりも柔らかさやおおらかな態度や表情を心がけていました。シグナルやジェスチャーは必要に応じて、自分が今何を伝えたいのかが遠くからでもわかるように工夫して表現していました。

それ以外で言えば、常にフィールドだけでなくスタジアム全体に意識を向けて、今どういう状況なのか、選手はそれぞれどういう状態なのか、チームは、ベンチスタッフは、スタンドで見ている方はと、細部と全体と試合の流れの三方に意識を向けながら、自分の取る態度や表情、仕草、会話のタイミングなどを状況に合わせるように意識していましたし、選手だけでなくスタジアムにいる全ての方とコミュニケーションをとる意識でいました。

若い頃はこうしたことが全くできていなかったので、選手との関係もうまくいかなかったですし、皆がフットボールを楽しめるように環境を整えることもできていませんでした。

そこからいろんなことを学び、考え、試行錯誤しながら選手との関係性を向上させていった結果、選手とフットボールが主役で皆が楽しめるように試合環境を整えられるようになりました。

まとめ

いかがでしたか。コミュニケーションは相手がいてはじめて成立するものですし、良いコミュニケーションかどうかは自分ではなく、相手が決めるものです。

「なんであいつは人の話を理解しないんだ!」と感情的になる前に、「自分の話を理解してもらうには、何をどう伝えると効果的なのか」「誤解なく伝わっているのか」と自分と相手を冷静かつ客観的に見ることで、相手との関係性はより良いものになっていきますし、自分の人生もより良いものになっていくでしょう。

家本政明

家本政明氏

【プロフィール】 1973年広島県福山市生まれ。96年に1級審判を全国最年少で取得。2002年からJ2、04年からJ1で主審を担当。05年からプロ審判となり、国際審判にも選出。10年に日本人初の英国ウェンブリー・スタジアムで試合を担当。11年に英国初の外国籍審判としてFAカップの試合を担当。21年に勇退。国際試合100試合以上、Jリーグは歴代最多516試合の主審を担当。現在はJリーグフットボール企画戦略部マネージャーとして活動中。同志社大学経済学部卒、グロービス経営大学院卒