家本政明氏

審判はプロアマ問わず基本的にミスが許されないので、常に周りから厳しい目で見られています。難解な専門知識に加え、強靭な体力や精神力も必要です。

そういうこともあり、「審判は大変な仕事だ」「審判をするには何か特別な才能が必要だ」という声をよく耳にします。

もちろんそういう部分もありますが、多くは皆さんが会社や学校や家庭の中で経験されたり、使われている能力ばかりです。

一方、重い責任を担ったり、厳しい環境の中にいることで日常生活にプラスに働く経験ができているのも事実です。

そこで今回は、『審判としての経験が日常生活で活かされていること』についてお話します。

審判としての学びは仕事のみならずプライベートにも通ずる

レフェリー

 

まず、審判が試合中に行うことは、競技規則と競技の精神に基づいて反則かどうか見極めたり、事象や状況によって柔軟に対応したり、不満を表す選手と向き合ったりと多岐にわたります。そして、多くの人がフットボールを楽しめるように、フットボールの魅力や価値が高まるように最善を尽くしています。

とはいえ、なかなかうまくいかなくて落ち込んだり、厳しいことを言われて傷つくこともたくさんあります。

ですが「労なくして得るものなし」といわれるように、辛いことや苦しいことを数多く経験することで、自分が強く大きく成長できているのも事実です。

そのことで苦しんでいる人や傷ついている人、落ち込んでいる人や弱っている人の気持ちや境遇がよく分かるようになりましたし、そういう人に対して優しく、温かく、柔らかく接することができるようになりました。

また、審判は時にリーダー、時にマネジャー、時にコンダクターのような役割を担っているので、課題解決力や任務遂行力、非難に対する耐性力や回復力、人をまとめる力や導く力、危機や変化に気づく力、状況によって柔軟に対応する力などを鍛えられました。

これによって、僕は夫として、父として、ひとりの社会人として覚悟を持って責任ある行動が取れるようになりましたし、何かあっても物怖じしたり、心が簡単には折れなくなりました。

さらには観察力や対話力、共感力も身についたので、妻や子供たちの微妙な変化に気づいたり、適度な距離感をもってコミュニケーションが取れるようになりました。

その結果、家族や友人、仕事仲間との関係性はとても良い状態が保てています。このように、審判としての経験は日常生活や仕事に大いに活かされています。

経験には質の高いものとそうでないものがある

サッカー

皆さんには、もうひとつお伝えしたいことがあります。それは、経験には質の高いものとそうでないものがあるということです。そして経験の質に影響を与えているのが、目的や意義、考え方や捉え方といったものです。

たとえば審判を経験するといっても、Aさんは「自分の満足のため」に行い、Bさんは「みんなの喜びのため」に行うとします。

結果は皆さん容易に想像できると思いますが、自分だけの満足を実現させようとしたAさんと、みんなの喜びを実現させようとしたBさんでは、経験の質はまったく異なります。

あるいは考え方や捉え方でいうと、Aさんは何かうまくいかないことがあると人のせいにしたり、不満をためやすいですが、Bさんはうまくいかないことがあっても、それを謙虚に受け止め、みんなの喜びが実現できるようにさらに誠実に努力し続けていくでしょう。

このように同じことを経験するにしても、目的や考え方の質が低ければ行動の質を高めることができないので、結果的に経験の質も低くなります。この話はとても大切なことなので、テーマとは少しずれますがみなさんに紹介させてください。僕が大切にしてきたことは、次の7つです。

様々な経験から行動の質を高めるために必要な7つのこと

①ものごとの本質を見極める

ものごとには必ず「本質」というものがあります。この本質を捉えていない目的や戦略、施策や議論は良い成果をあげることができません。ですので、何をするにしても、まずは「その本質は何か」「それは本質といえるのか」を問い、ものごとの本質を見極めることです。

そのためには、視点を変えて見る、客観的に見る、目先のことや表面的なこと、常識や固定観念に囚われないようにして下さい。ここは本当に大事なところですので、皆さん必ず覚えておいて実行するようにして下さい。

②目的や意義を明確にして意識し続ける

本質を見極めたあとは、目的や意義を明確にすることです。

何のためにやるのか、誰のためにやるのか、何を実現するためにやるのか、なぜ存在するのか、なぜ必要なのか、どんな価値や意義があるのか、といったあなたが行動する狙いや目指すもの、あるいは価値や意義を明確にすることです。

そして明確にするだけではなく、できるだけ質の高い目的を見いだすようにしてください。ここを怠って事を始めると、必ずといっていいほど途中で目的を見失って迷走したり、手段が目的化したり、事態が悪化して取り返しのつかない状態に陥ります。

また、目的は明確にしたら終りではなく、常に確認して意識し続けることも忘れないで下さい。

③問い続ける

質の高い目的を明確にしてスタートしたあとは、困難や想定外の事が連続して起こります。

その結果、つい魔が差したり、道を踏み外しそうになったり、迷いが生じたりします。

そんな時は、その都度自分に「何が/どこが問題なのか」「何が課題なのか」「どうやって解決するのか」といろんな視点から自分に問い続けることです。

問い続ける限り道は必ず開けますし、救いの手も差し伸べられます。逆に問いを止めたとたん、目的達成や夢の実現は途絶えてしまいます。

④戦略的に行動する

目的や意義を明確にしても、闇雲に行動しては上手くいくことも上手くいきません。

ですので、行動を起こす前に一度大雑把でもいいので、戦略的に何をやるか/やらないかを決めることが重要です。

そうすれば、自分の取る行動が明確になるので無駄が少なくなりますし、今やることに集中できるようになります。

それから、現代は状況や環境の変化が非常に早いので、一度戦略を立てたら終りではなく、常に状況や環境の変化に目を光らせながら戦略を見直し続けることです。それによって、戦略はより質の高いものになっていきます。

⑤失敗と向き合う

人は誰もが失敗から逃れられません。

何かに挑戦したり行動する限り、失敗は必ずついてまわります。そして失敗は悪でも邪でもなく、師匠であり宝の山です。

ですのでたとえ失敗したとしても、その失敗から目を背けたり恐れたりせずに冷静かつ客観的に向き合い、原因や対策を洗い出すことが後の成功や目的達成につながります。

⑥違いを受け止め活かす

世の中には、いろいろな考え方や価値観があります。人はみな違う環境の中で生まれ育っています。

違いを否定したりはねのけることは簡単ですが、同時に成長性や創造性を失うことになります。違いを受け止め活かすことは、これからの時代に最も大切なことのひとつです。

⑦自分を整える

人は失敗したり誰かに傷つけられるとつい自分を乱してしまいますし、乱れは全てに波及します。

たとえば自分の身の回りが乱れていると、それに連動して考え方や態度も乱れていきますし、逆に心が乱れていると、それに連動して身なりや態度、口調や身の回りも乱れていきます。

ですので、常に意識して自分の外面と内面を整えるようにしてください。呼吸を整えることはとても有効な手段です。自分を整えることで、いろいろなことがうまく進むようになっていきます。

最後に

いかがでしたか。僕は「すべての経験はすべての事に繋がっている」と考えています。

そしてひとつの経験をすべてに繋げるためには、ものごとの考え方や捉え方、みる視点を変える必要があります。あるいは、囚われや固定観念から脱却する必要があります。

そうすることで創造性が掻き立てられて、さまざまな経験をいろいろなことに応用できるようになります。

みなさんも一度、自分の経験を多面的な視点で見直してみてください。きっと新たな発見がありますよ。

家本政明

家本政明氏

【プロフィール】 1973年広島県福山市生まれ。96年に1級審判を全国最年少で取得。2002年からJ2、04年からJ1で主審を担当。05年からプロ審判となり、国際審判にも選出。10年に日本人初の英国ウェンブリー・スタジアムで試合を担当。11年に英国初の外国籍審判としてFAカップの試合を担当。21年に勇退。国際試合100試合以上、Jリーグは歴代最多516試合の主審を担当。現在はJリーグフットボール企画戦略部マネージャーとして活動中。同志社大学経済学部卒、グロービス経営大学院卒